2011年1月11日火曜日

「ラクロス浪人」

クリスマス休暇にガッと吐き出したシリーズのラスト。去年の夏くらいからoutputにしときたかったことほぼ全部カバー出来たのでスッキリ。今後仕事の状況次第で頻度ガクッと落ちると思われるのでDon't hold your breathでお願いしやす...

Inside Lacrosseの記事で興味深い話があったので紹介。NCAAの大学に入学する前の「ラクロス浪人」の存在に関して。

僕自身アメリカのundergraduate(4年制大学)の教育制度や入学制度を自ら体験して深く理解していたわけではなかったためよく知らなかったが、最近NCAAのラクロス選手のリクルーティングの話をいろいろ見聞きする中で、「ラクロス浪人」なる制度が存在していることに気付いた。この辺の、表面的な試合や選手を見るだけでは見えてこないメカニズムやドラマは非常に面白いし学びもあるので、ちょこっと語らせて頂こうと思う。

今のNCAAを代表するAT二人も実は浪人出身

例えば、UNCのエースATでMVP候補の一人、昨年のOffensive Player of the Yearで4年生のBilly Bitter, CornellのエースATで昨年のBest ATで3年生のRob Pannellの二人も実は高校卒業後に一年「ラクロス浪人生」をして大学に入学している。(二人の落ち着きや活躍を考えると納得出来る。)

Billy BitterのHighlight。難しいこと一切せずに、シンプルなchange of paceと切り返しだけでトップレベルのDFをここまで翻弄出来てしまうという衝撃。切り返し後の加速がチョロQ並み。相手Dが全く付いて行けずにコロンコロン転ばされている。

Prep-schoolという仕組み

浪人生と言っても、日本のように河合塾に行ってガリガリ勉強する日本の大学受験浪人とはちょっと違う。地元の一般的な高校を卒業し、Prep-School (University Preparation School)と呼ばれる、全寮制の予備校兼私立進学校に編入し、最高学年に1年間籍を置いて大学入学に備えるというもの。予備校と高校の中間のようなイメージか。

大学受験浪人自体は日本程一般的ではない

面白いのは、一般の大学受験に於いては日本程浪人生が一般的ではない点。アメリカの大学入試の場合、受験一発勝負の面が強い日本と違い、高校生活全体を通してのGPA(Grade Point Average: 通知表の平均評定)が重く見られ、またエッセイも見られる。従って、いい高校に行ったか、そこで長期間優等生としてパフォームし続けたかで自ずと行ける学校が決まってしまう面があり、一年浪人することによるcandidacyの上乗せがあまり生じないとう事情がある。

(完っ全に余談だが、高校時代に学校の授業からはドロップアウト気味で優等生とは程遠かった僕からすると、受験一発勝負で逆転可能な日本の受験システムに救われた面も大きく、アメリカの受験制度だったらと思うとゾッとする...)

背景となるリクルーティング事情

ラクロスに限らず、NCAAでプレーするstudent athleteの多くが、高校時代の活躍に基づき、各大学のコーチやスカウティングスタッフの目に止まり、リクルーティングされるというプロセスを通って行く。日本の高校/大学での強豪校によるスポーツ推薦と基本的には同じ仕組み。

基本的には本当に突出した選手は高1くらいからコーチの連絡を受け始め、多くの上位選手は高2ぐらいのシーズンの活躍を基に複数の大学から連絡を受け、口頭でコミット、高3で正式に入学をコミット、という感じ。従って、高1、高2での活躍が非常に大事になってくる。高3のブレークだとちょっと遅いという感じ。

超ざっくり仮り置き試算すると、現時点で高校男子チームは全米で3,000校、仮に平均で各チーム学年10人いるとすると、3万人の中から上位校20校程度の上位指名枠100人のプールを目指すイメージだろうか。Survival rateは0.3%。非常にコンペティティブで時間軸もタイトな競争だ。

ギャップが生じるパターン

基本的にはメディアや口コミによりそれなりに情報共有がなされたマチュアな自由競争市場で、名門高校と名門大学同士、コーチ同士のパイプもあり、子供の頃からの積み上げで、フェアに評価されて行くため、それなりに分相応な/正しい評価が下されるケースが過半数だとは思う。一方で、時々個別の事情で本来の実力と評価にギャップが生じるケースがある。

例えば、
  • ①遅くラクロスを始めたためまだまだ発展途上にあり、伸びしろが大きい
  • ②他のスポーツをメインでやっていたため/ラクロスへの興味が低かったため、本気でやっていなかったため伸びしろが大きい
  • ③怪我により大事な高1、2のシーズンでプレー出来なかったため気付かれなかった
  • ④弱小チーム、地方/ラクロスマイナー地域出身のため、知られていない/伸びしろが大きい

ちなみに、名将Jeff TambroniがCornell時代に必ずしも高校卒業時点でトップランクではなかった選手たちを集めて結果を出していたのは、①、②、④を徹底的にレバレッジしていたからだと思われる。

選手にとっての浪人の意味

選手として悩ましいのが、上記の①〜④のケースに当てはまる場合。特に、ラクロスで身を立てて行こう、ラクロス推薦でいい大学に行こうと思っていた選手にとって、top tierの大学に行けるか否かは正に人生を分ける程のインパクトを持ち得、それが不慮の怪我や無名校故の露出の少なさというuncontrollableな原因で潰えるのは泣くに泣けないだろう。

そこで出てくるのが浪人制度。強豪Prep-Schoolに行き、一年余分にプレーし、より高いレベルのチーム/環境でラクロスもレベルアップし、実力を証明し、ついでに勉強的にもレベルアップし、全寮制の生活とレベルの高い授業で大学生活に備える。

単純に一学年ダブることになるので、周囲のレベルが一学年分繰り下がることになり(伸び盛りの高校時代の1学年は馬鹿に出来ない)相対的に目立て、名門prep-schoolで活躍すれば多くの強豪大学の目に触れ、また勉強的に問題があった場合はキャッチアップの猶予を貰える。

もちろん、リスクとコストを伴う

一方で、Prep-schoolの年間300〜500万円という高い学費に加え、単純に一年余分に時間を使うことになる上、浪人制度が一般的ではないアメリカでは精神的な「同級生に置いて行かれてる感」は日本以上にあるはず。しかも、浪人したからと言って強豪大学に行ける保証が有る訳でもない。それなりのコストとリスクを伴うオプションではある。

Billy Bitterの場合

地元NY州で既にいい選手だったが、高2のタイミングで臀部を疲労骨折してしまい、シーズンを通しほとんどプレー出来なかったため、どの大学からも存在に気付いて貰えず、一切連絡を受けなかった(今の彼の活躍を考えると信じられないが...)。その後父親の勧めにより、無理して現役でしょぼい大学チームに行くよりは、一年我慢して浪人し、再度アピールするチャンスを作った方が絶対にBillyのためになると判断し、浪人を決意。

そこからMassachusettsの名門Prep-school, Deerfield Academyに出願し、合格。高3のシーズンは高2をやり直すつもりでプレー。高2として1学年下の選手たちに混ざってキャンプにも参加し、そこで派手に活躍して徐々に頭角を表し、卒業前に晴れてUNCからオファーを貰う事に成功する。その後Deerfieldでも大活躍し、高校ベストアタック賞を受賞し、鳴り物入りでUNC入りを果たし、一年目から活躍し、2年生のプレーオフで爆発。1年待ったことが大成功に繋がったパターン。曰く「結果として上手く行った。大学に近い環境、厳しい規律の中で生活するいい練習になった。」

Rob Pannellの場合

高1の段階でそこそこの活躍をし、NCAAの中堅チームQuinnipiac大学からオファーを貰い、口頭でコミットしてしまっていた。が、高2のシーズンに急成長を見せ、70ポイントの活躍、さらに高3で化けて130ポイントをたたき出すに至る。この段階で親戚のラクロスコーチからの、「想定外に上手くなっちゃったから、Quinnipiac行くの勿体無いから、一年延期してコミット取り消した方がいいんじゃね?」という勧めに従う。(捨てられたQuinnipiacは涙目...)

Billy Bitterと同じDeerfieldに1年遅れで行き、そこで99ポイントという学校記録を築く活躍。Ivy League複数校からのオファーを受け、TamnroniのいたCoenell入りを決める。その後の活躍は多くのラクロスファンが知る通り。1年目からRookie of the yearを獲得し、準優勝の立役者となる。曰く「Prep schoolは生活、学問、ラクロスに於いて大学へのスムーズな繋ぎになった」とのこと。

思う事

考え様によっては、もし彼らが浪人していなければ、今のUNCの大スターBilly Bitterも存在しなかったかも知れないし、Cornellを準優勝に導いたPannellはQuinnipiacなるマイナー校のエースとして「そこそこ」の注目を集めるに留まっていたかも知れないということ。正に人生どう転ぶか解らないと改めて思わされる。

大好きなラクロスのために、そして夢を叶えるために、若い頃から積極的にリスクを取って主体的に人生をデザインして行く姿が清々しいな、と感じた。また、今のNCAAを代表する選手ですら順風満帆でストレートに選手人生を歩んで来た訳ではない事を知り(本人達は別に「苦労」とは捉えず意外とあっけらかんと楽しんでたかも知れないが)、非常に面白いと感じ、またこの2人のことを応援したい気持ちがより強くなった。大事なのはその時その時で全力を尽くし、最善の判断を下し、時には必要なリスクを取って、そのプロセスと変化を楽しみ続けることなんだろう。

流動的/効率的な人材市場が生む全体最適という幸せ

また、スポーツのために浪人をし、自分を高め、売り出し、より良いチャンスを掴むという、人生に対するproactiveでpositiveな姿勢と、それを許すflexibleな仕組みが非常にアメリカの文化や哲学を表していて面白いとも感じた。能力はあったのに甲子園に出られずドラフト指名されなかった高校球児が大学で活躍し夢を叶える話にも似ている。こういう、より合理的/流動的でより透明な人材市場が選手にとっても学校にとってもよりフェアで良い結果をもたらし、社会全体としても全体最適に近づけるといういい例。

先日の在学中のチーム間のトランスファー(転校)の話と合わせて、アメリカの大学スポーツの人材市場の柔軟さ/流動性の高さをかいま見た気がした。スーパー余談だが、最近の本「7割は課長にさえなれません」(城繁幸)等で指摘されている、一般の人材市場でも、国として良かれと思って正規雇用/終身雇用を守ろうとすると結果として人材市場の流動性を阻害し、個人にとっても企業にとっても、引いてはシステム全体の効率を落として競争力を下げるという意味で国のためにもならない、という話が思い出された。(日本も結構それで大きな機会損失を被っており、さらに労働組合が強い西ヨーロッパのいくつかの国は大きく損してしまっている。)個人的には自己責任/自分の意思重視である程度trial and errorを許しながら自由に柔軟に動ける仕組みに賛成。

2 件のコメント:

  1. ラクロスたまにやっている社会人です。

    いつもInside Lacrosseは見てますがプレー、NCAAなどの背景の視点、考察が素晴らしいBlogですね。 

    感動させおぼえました。

    返信削除
  2. Flexk1234さん、
    暖かいお褒めのお言葉有り難う御座います!
    今後もちょくちょくいろんなネタを書いて行く予定ですので、お時間のある時にでもチェックして頂けると幸いです。

    返信削除