2012年4月12日木曜日

映画: Jens Pulver - Driven

久しぶりに、心をガッと掴まれて、ゆっさゆさに魂を揺さぶられる、尋常じゃ無く素晴らしい映画に出会った。何と言うか、心の深い部分に素手をグッと突っ込まれて、深く、抉られる感じ。始まって3分で完全に引き込まれ、没入させられ、見終わった後、脳の幹の部分が痺れて暫く立ち尽くしてしまった。

NetflixやiTunesでアメリカの映画やTV番組を、マニアックな物から定番の物まで、好奇心に任せてゴリゴリと見続ける生活を5年近く続けている。

今回出会ったのは、Jens Pulver - Drivenという90分のドキュメンタリー映画。

名前を聞いて「おっ懐かしい」と思う方はMMA(総合格闘技)ファンだけだろう。74年生まれで現在37歳。初期のUFCに90年代末から参戦し、当時まだ重量級程注目されていなかった軽量級の第一線で活躍し、宇野薫選手らを破り、UFCの初代ライト級チャンピオンになった選手。(僕自身が日本でしこしこと会場に通って見ていた)2000年代中頃のPRIDE武士道でも活躍し、五味隆典選手や桜井マッハ速人選手とも試合をしている。

その後UFCに戻り、TUF (The Ultimate Fighter = アメリカ版/総合格闘技版リアルガチンコファイトクラブ、別名UFCの登竜門)でコーチを勤めつつ、UFCで闘うも、段々成績を落とし始め、5連敗後UFCをクビになり、引退を仄めかすも、その後も踏みとどまり未だに中堅興行で闘い続けている選手。

特に初期の頃はそのアグレッシブなスタイルと残忍な、一方で壮快な勝ち方から広く人気を集めていた。


Trailer


その彼の2010年のUFC(正確には弟分の軽量級リーグに当たるWEC)の最後の試合の直前数ヶ月を掛けて彼に密着し、彼自身の人生、キャリア、生活、家族、信念、想い、そして闘いを描くというドキュメンタリー。

基本的に、通常総合格闘技の選手の試合以外の姿を描く媒体は、興行の主催者だったり、格闘技関係のメディア/雑誌だったり。PRIDEの煽りVや、UFCのCountdown等がいい例。所が、多くの場合、当然かなり限られた時間でインタビューだったり、メディア向けの公開練習だったりして、「商品として作られた」選手の姿や言葉しか見る事は出来ない。今回のこの映画はそれらとは根源的に異なる、引くぐらい現実に忠実な、リアルティを突き詰めきった作品。

なぜか、学生の頃から、渋谷の奥地にあるミニシアターでしかやってない様な、マイナー映画やドキュメンタリー、特に、人や物事のダメな所やカッコ悪い所や汚い所も含めて、真っ正面からカッコ付けずに生々しく、痛々しく描いているような作品が好きで、好んで見てしまう。

今回のは、その中でもかなり突き抜けてクソ熱ちいと感じた。これ以上のハードボイルド小説にはそうそう出会えない。ハートを鷲掴みにする握力尋常じゃねえ。リアル過ぎて、完全に彼の立場にシンクロさせられてしまい、見終わった頃には全面的なファンにさせられてしまった。

常軌を逸してリアル。一言で言うと。

脳にまだ痺れと言うか酩酊感が残ってるうちに、忘れないうちに書き落とす意図で印象に残っている事をいくつかガッと吐き出させて頂こうと思う。

1. 前提としてちょっとバックグラウンドを説明すると...
  • Jens Pulver、2000年代に総合格闘技を見ていたファンからすると当然聞いた事のあるhouse hold name。特にUFCの軽量級初期には爆発力のあるボクシングとパウンド、確固たるレスリングバックグラウンドに基づくタックル/タックル切りでエキサイティングな試合を見せてくれた。
  • 一方で、BJ Penn等の本当のPound for poundの伝説的ファイター達に比べると、やはり一段知名度や凄みに欠けたのも事実。TUFのコーチとしてBJ Pennと対峙した際に、一部の教え子の選手から「BJはhall of famerで一生人々の記憶に残るが、Jensは長期的には忘れられる存在だ」とコメントされていたのが記憶に残っている。
  • 所謂どっしりした「大将」とか「キャプテン」みたいな、解り易い人徳やオーラのある、突出した知性の高さを感じさせる選手、と言うよりも、近所のやんちゃな兄ちゃんがそのままやんちゃに育った感じ、と言ったら伝わるだろうか。なので、ここまで正直「最も注目してきた選手」として見て来た訳では無かった。
  • であるが故に今回のドキュメンタリーを見て大きな衝撃を受け、その認識を一気に改め、ファンになってしまった。
2. 幼少期の父親からの壮絶な虐待体験
  • 「北西のWashington州Seattle郊外の街で生まれ育った。4人兄妹の長男。父親は18歳で自分を生んだ荒くれ者。ドラッグとアルコールにまみれ、日常的に子供達や母親にかなりハードコアな暴力を振るい続けた。」
  • 「子供の頃の体験は、「生き地獄」以外に形容の仕様が無い。補助輪無しのチャリンコにいきなり乗せられ、転んだら全力で殴り続けられ失神した。酩酊した父親がショットガンを自分の口に突っ込み「お前ら4人の子供のうち、誰殺そっかな?」と脅された事も。母親をボコボコに殴り、馬用のムチで全力で殴られ、文字通り命がけで家中を逃げ回り、当時8歳の弟が警察に電話して何とか命を助けられた」
  • 「そんな当時の恐怖や苦しさ、地獄のような生活に比べたら、試合で負ける事何て本当に何とも感じない。」
  • アメリカにいると気付かされる。日本にいた頃はよく理解出来ていなかったのだが、アメリカは、分類学上は先進国でありながら、その社会経済学的な構造の歪みから、その中に大きな発展途上国を抱えている。日本人からは想像出来ない、または戦後の焼け野原からの復興の話を彷彿させるような(またはマンガ「サンクチュアリ」的な)、本当の劣悪な環境、地獄の様な生活から抜け出して人生を変えよう、家族を救おうとする、ガチなハングリー精神を目の当たりにする事がある。
3. そんな人生を救ってくれたレスリングとの出会い
  • 「そんな中、自分の人生を180°変えてくれたのがレスリングとの出会いだった。漆黒の闇の中に有った自分の幼少期に有って、完全にそれを打ち消し、バランスさせてくれたのがスポーツであり、レスリング。」
  • 「父親から毎日ゴミ扱いされ、「お前に価値は無い」と罵られ続けられた中、レスリングのコーチ達は自分の存在価値を認めてくれた。成長し、活躍すれば皆が褒めてくれ、嬉しかった。常にポジティブなエネルギーを与えてくれ、元気と勇気を与える言葉を掛けてくれ、信じられないぐらい厳しい練習やトレーニングをこなせるよう自分をモチベートしてくれた。」
4. 総合格闘技という天職に出会えた運命
  • 「大学を卒業し、当時少しずつ世の中で広まりつつ有った総合格闘技と出会ったとき、体中に稲妻が走った。「自分はこれをやるために生まれて来た」と確信した。」
  • 「ボクシング最強の選手がキックの選手とやる。柔道の選手がレスリングの選手とやる。正に何でもありの闘いの世界で、「一体誰が世界で一番強い?」という素直で根源的な問いに答えてくれる競技だった。」
  • 「初期の総合格闘技は今程技術的に成熟しておらず、各々のバックボーンとなる競技をベースに闘う世界だった。」
  • 「当初はボクシングやキック有りきの殴り合い。そこにグレーシー一族が出て来てJiu jitsuにより世の中をあっと言わせ、グラップリングの時代が訪れた。後にムエタイの影響が強くなり、その中でも根強く残ったのがレスリング。テイクダウンする、させない、フィジカルの強さと過酷な練習に耐え、目標に向かって進み続けるdiscipline。」
  • 「自分は正にそんな時代の流れに乗り、上手く活躍する事が出来た。」
5. 地味な、ひたすら地味な、そして過酷な、試合に向けての準備
  • 劇中、ほとんどが彼のインタビューと、試合に向けた数ヶ月感の生活。そのリアリティもさることながら、地味で過酷なトレーニング生活に思わず息を飲んだ。
  • アイダホの田舎にあるジム。家も決して豪邸でもない。毎日ジムに通い、黙々とトレーニングメニューをこなす日々。朝一でジム。午後もジム。コーチの指示の下、何度も何度もマシーンのように基本動作を繰り返し続け、ミットを打ち、縄跳びをし、メディシンボールを投げ、反復横跳びをやり、コンビネーションをシャドーし、レスリングや柔術を練習する。
  • 僕らは、普段総合格闘技の試合やそれに向けての「煽りV」を見る中で、華やかなシーン、作られた、表面のほんの一部の切り取られた姿しか見ていない。もちろん今回の映画も、10年以上毎日積み重ねて来た彼の気の遠くなる程の毎日の鍛錬から比べれば、ほんの一粒の砂粒程の断片を切り取ったに過ぎない。
  • それでも尚、その地味さと過酷さに強く衝撃を受けた。普段派手で陽気な印象の強いJensですら、こんなにも地味で地道な努力を膨大な時間を掛けて積み重ねてるのか?と考えると、総合格闘技の第一線で活躍する選手たちのその想像を絶する努力の積み重ねと、発狂しそうな程の忍耐、その裏にある強い動機に、一瞬目眩を感じてしまった。
6. 減量
  • この試合の前後で一段ウェイトクラスを落としての参戦。元々72 kgや75 kgでも闘っていた選手が66 kgまで落としている。第一線でやっている選手の試合直前の本気の減量を間近で、且つ数日掛けて密着して見せてくれている。
  • 想像を絶している。特に当日に3-4 kg緊急で落とす際の映像はリアルに痛みを感じずには見られない。例の、ウィンドブレーカーを着てジムでバイクを何時間も漕ぎ、サウナにタオルミイラ状態で何十分も入り、を繰り返し。唇がパサパサになり、目の下も落ち込み、老人のような姿にまでなり、やっとの事で計量パス。
  • こんな事を一年に何度もやらなくちゃいけないのか?これに耐えられる人間は一体どれだけいるんだろうか?しかもこれで試合する前って。完全に想像を絶している。ボクシングや総合格闘技、K-1、あらゆる体重制限有りの格闘技に挑む選手たちに対する敬意の念が数段強まった。
7. 見えて来る引退と、それと向かい合う事の難しさ
  • この映像の時点で34歳。総合格闘技のファイターとしては、一般的にピークを過ぎ始めるタイミング。既に10年以上、30試合以上を消化してきている。
  • ジムの若いチームメートのUFCファイターとスパーをこなす中で、途中思うように体が、脚が動かなくなって来ていると告白している。練習が終わった後にやり場の無い自分への怒りと悔しさから、妻に涙を見せながら苦しい想いを吐き出している。
  • 昔は出来ていた動きが出来なくなる。頭で想定しているだけの動きが出来なくなる。その現実に向かい合う姿。
  • 引退を考える中でのいくつかの言葉が強く胸を突いた。
  • 「自分は、朝起きてジムに直行し、大きな夢や目標を叶える為に、家族の為に、全力で努力する、一日一日を全力投球で、文字通り完全に出し切って疲弊して倒れる所までやる、という生活を続けて来たし、それが満足だった。充実していた。」
  • 「だが、自分が引退したあと、何の目標も無く走り続ける事が出来るとは思えない。ただ健康のためという理由で運動出来るとは思えない。この身を切るような、痺れるようなcompetitive edge(競争/競技の緊張感)を失った時に、自分が一体どうなってしまうのか、耐えられるのか想像も着かない。」
  • 「自分にとってそれは「二度の死」を意味する。年老いて物理的に死ぬ前に、引退した時点で一度人間として死ぬ事を意味する。その後どうやって行きて行くのか。40歳前でいきなり「その日を行きて行くための普通の仕事」をする「サラリーマン」になれるのか?想像すると怖い。」
  • その率直な言葉と涙に深く心を抉られた。
8. 「俺は別にfamousでもなんでもねえよ。只単にpopularなだけだろ?」
  • 「Famousな(偉い/名声のある)奴ってのは、金をいっぱい稼いで、人目を避けられる場所で優雅に暮らすもんだろ?俺はそういうんじゃねえよ。生活だって決して贅沢は出来ないし。俺は皆に知られてる、まあ、応援して貰える、「Popular」な奴ってことだし。それでいい。」
  • 「Matin Luther Kingみたいに、成功して尊敬されるだけじゃなくて、人々を守り、助けるのが本当に素晴らしい事だと思う。俺は別にそんなにカッコ付けられるもんでもないけど、少なくとも、貧しい環境、劣悪な環境で闘ってる連中、そこから抜け出そうと頑張ってる連中に勇気を与える事は出来ると思う。」
9. 地元のレスリング教室や学校での講演会
  • 自分と同じように、貧しかったり辛い環境にいる子供達を救い、彼らの助けに少しでもなれればという想いで、地元のレスリング教室や学校で講演会を開き、彼らに本音で、自分の辛く苦しかった体験も包み隠さず話す事で彼らを助けようとしている。幼少期の虐待体験を話す際には、苦しさが思い出され、思わず涙をこぼし、言葉につまっている。
  • チャンピオンベルトを2本持って元UFCチャンピオンが学校に来たら、しかもストリート感満載のキャップとT-shirtとジーパンで現れて気さくでざっくばらんなトークをしてくれたら、心打たれない子供や若者なんているだろうか?
  • その姿に強い尊敬の念を感じ、今までの彼に対する認識を改めさせられた。
10. Authenticity
  • 全体を通して感じるのは、彼のその無邪気で気さくでauthenticな(包み隠さず本音で話す)姿。であるが故にそのメッセージが心に届く。決して綺麗事だけじゃない。決してカッコ付けてるだけじゃない。ダメな所、カッコ悪い所も含めてそのまんまを笑顔と涙で語ってくれている。やはり一番強く心に響くのはそれだ。
  • 人々の心を振るわせ、自分の信念や想いを伝え、それによって人々を巻き込み、大きなエネルギーへと変えて行く。正に一つのリーダーシップのあり方を見た気がした。
11. ファンと向き合い、感謝する姿
  • もう一つ、強く感銘を受けたのは、彼がファンと接する際に見せていた姿。
  • 4連敗後の、クビのかかったWEC 5戦目。強敵との対戦。しかも直前の減量という大きなタスクが残った状態。そんな中、前々日や前日、会場近くで多くのファンが彼の姿を見つけ、サインや写真や握手をねだる。計量に向かってダッシュしなくちゃいけない状況の中で、笑顔で立ち止まってサインや写真に応じる。
  • 試合直前にファンが「話しかけて大丈夫かな?迷惑かな?」と遠巻きに見ているのを見つけ「おいでよおいでよ!気にすんなよ!応援してくれてありがとな!」と笑顔で呼び込み、がっちり握手とサイン。「ずっと前からBig fanなんです!」と言っていたファンが感激している。
  • 自分は果たしてこんな切迫した状況でこういう対応出来るか?その姿に涙が出そうになる。感謝する、周囲にポジティブな感情を投げる。それをこんなにもナチュラルに出来る人は一体どれだけいるだろうか?強い尊敬の念を感じると共に、見習おう、俺も一緒に頑張ろう、そして楽しもう、と強く感じさせられた。
いやー、感動した。

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別バージョン

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